1943年10月3日の日曜日は快晴だった。すでにドイツ軍に占領されていたパリに向けて、英仏海峡の向こう側では飛行部隊Lorraineが、あ る任務を帯びて離陸準備をしていた。フランス中心部にあるオルレアンからパリへの鉄道輸送経路を断つため、変電所を爆破すること。近隣の労働者街に被害を 与えないよう、投下目標はわずか長さ200m幅80m。爆弾を積み、13時過ぎにロンドン西部のHartfordbridgeを出発。

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パリ南西に設置され たドイツ軍管制塔を逃れ、超低空飛行でトルビアック橋の上にやって来たフランスの飛行士たちは、セーヌ河畔の散歩に来たのではない。故郷を救うために故郷 を爆撃しに来たのだ。25の爆弾を投下、10のうち7つの変電所を破壊し大きな打撃を与えた。しかし、2機がドイツ軍の攻撃にやられ、うち1機はセーヌに 墜落した。生き残ったLorraine作戦メンバーがHartfordbridgeに戻ったのは3時。わずか1時間半の即効攻撃だった。Lorraine 隊のこの作戦からパリが本当に解放されるまで、あと8ヶ月待たねばならないが、彼らの名は(今でも)トルビアック橋にしっかり刻まれている。

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