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オスマン男爵以前のパリでは、右岸側に架かっていたのがダミエット吊り橋といい、1848年の暴動で破壊された。左岸側にあった吊り橋は1638年 に完成し通行料を取っていたコンスタンチン橋で、1872年に自然崩壊してしまった。そのほか、昔はサン・ルイ島のしっぽというか先っちょというか、バ リー公園から右岸に桟橋が通っていた。古いパリの写真にそれが残っている。1818年に船着き場としてできた。水浴びする人たちの散歩場所でもあったのだ が、何度も大水などの災害に遭い、結局1938年に取り壊されてしまった。

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毎年夏になると「パリ・プラージュParis Plage(パリの浜辺の意)」が催され、シュリー橋からポン・ヌフあたりまでセーヌ右岸の自動車道が歩行者天国となり、ビーチと化す。2002年から始 まったこの催しは、仮設の砂浜のため大都会の真ん中に何トンもの砂やヤシの木が運ばれることから、エコロジー信奉者あたりの批判を買ってはいるものの、意 外とバカンスに出かけられない家族連れのパリっ子や観光客には好評なようだ。たしかに、暑くなるとセーヌ河畔には裸で日光浴する人が出てくるし、歴史的に 見てもセーヌ川の水浴びは数世紀昔にすでに流行っていたらしい。裸姿が近隣の住民のひんしゅくを買って1680年頃に着替え小屋ができたという。17世紀 のパリの人たちの服装を考えると、街の真ん中の川で水浴びなんて、なんだか楽しそうだ。(その3に続く)

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