4区サン・ルイ島のオルレアン河岸と5区のトゥルネル河岸とを結ぶ橋。地理的事情から、この場所には中世から何度も橋が架けられては流されたり壊れたりしている。

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最初の橋が建設されたのは1369年。当時は、まだサン・ルイ島が存在せず、上流に牛島、下流にノートルダム島という二つの小島があった。

最初の橋は、そんなわけで、少し大きいノートルダム島に架かっていた。シテ島ではノートルダム大聖堂の建設が12世紀から始まっていたが、ここからそれがよ く見えてそんな名前がついたのだろう。しかし、この地形でセーヌの水の流れが複雑になり、木製の橋は増水で流されてしまう。

やがて二つの小島が一つになってサン・ルイ島ができた際に(1614年)、再び木製の橋が建設され、島に通る人や馬、車両には通行税が課される。が、これ もまた1637年、厳寒のために水が氷りつき大破。再び架けられた橋も洪水であえなく流され(1651年)、今度は石の橋に生まれ変わり (1656年)、その後、橋桁を低く幅を広げて再建された(1848年)。

ところが1910年、パリの記録的大洪水の際に大きな被害を被ってしまう。崩れ はしなかったものの痛みが激しく、この石の橋も1918年には取り壊された。
そして、ようやく現在の橋の登場だ。

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1928年に完成したのは、長さ122m、幅23m、鉄筋コンクリート、表面が切石で覆われた三連のアーチ橋である。それまではアーチが均等なふつうの橋だったが、今度のはアーチの大きさが12,5m、74m、11mと、真ん中のアーチがかなり幅広にできている。

しかも5区に近い方にロケット みたいな格好のものが突立っている。これはパリの守護聖人サン・ジュヌヴィエーヴを奉った塔ということだ。なるほど、その先端をよく見ると人の形をして いる。以前の橋を踏襲せずわざとアシメトリーにしたのは、セーヌ河畔からの美観を際立たせるためというのだから、憎い。この国の人のこういう美的感覚には やはりかなわない。(その2に続く)