冒頭からすっかり話がそれてしまった。それで、アルシェヴェシェ橋。

セーヌ川の中州になっている二つ目の島、シテ島からセーヌ左岸に架かっているこの橋の上に立つと、こうし た「我らが貴婦人」の畏れ多くも厳かな後ろ姿を目の当たりにできる。今にも動き出しそうなノートルダムの真後ろにあるのがジャン23世広場である。シテ島のはじで、ノートルダム大聖堂の背後になるため、どうしても島のどん尻のような錯覚を起こすが、セーヌの流れはこちらが上流なの でシテ島の頭に当たる。サン・ルイ橋から続く道路の名前も、橋と同様「アルシェヴェシェ」河岸だ。河岸というものの、水の淵にあるわけではない。シテ島 の端っこ(上流)のとんがった三角形の土地が公園になっていて、サン・ルイ島がすぐ真向かいに見える。ここには戦争中に強制収容所で亡くなったユダヤ人を悼む記念館が建てられている。

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アルシェヴェシェ河岸を100メートルほど行き、セーヌ川の左岸に渡るのがアルシェヴェシェ橋(Pont d’Archevêché)、大司教の橋という意味である。1828年に完成したこの橋は、三つのアーチ(15m、17m、15m)をもつ石造り。長さ 68m、幅はパリの橋の中では一番狭く11mしかない。橋の高さも低く、ときには船の通行に差し支えるほどだ。数年前の9月にもここで死亡事故があったとか。セーヌ 川の遊覧船バトームーシュがスピードオーバーのあげく停泊していた船にぶつかり、40歳の男性と6歳の男の子が溺れて命を落としたのである。セーヌ川での 死亡事故はこの20年間で3回あったが、その一つがアルシェヴェシェ橋の下で起きた。聖域のはずが、いったいどうしたことだろう。しかし、時 速12kmと決められていたのをスピード違反して追突したのだから、人災もいいところ。聖母マリア様も愚かな人間の暴走は守りきれなかったのだ。

クルーズ上からノートル+鍵

 

ところで、 今はこの橋のいたるところにぎっしりと鍵が取り付けられている。恋人たちが錠をつけて鍵を川に捨てる「愛の鍵(錠)」。捨てられた鍵のせいで、ここがかなり浅瀬になっているのではないだろうか? しかも、小さなこの橋に鈴なりになっているので、いつか崩れ落ちるのではないかと心配だ・・・。(その3に続く)