さて、大聖母堂(ノートルダム)前広場からこの血なまぐさいグレーヴ広場に向かう道はセーヌ河岸で切れていた。革命前には橋がなかったのだ。シテ島とこの広場を結ぶ橋ができるのは1823年まで待たなければならない。

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始めは橋脚のある二径間の吊り橋がかけられた。当時は人々が渡るだけだったのが、交通量が増えるに連れて、車も通れるよう、都市計画に沿って1854年に 架け替えられた。

長さ80mになるアルコル橋である。その由来には、ナポレオンがオーストリアを破ったときのアルコレの戦い(1796年)から、というの と、フランス7月革命のときに若い共和主義者が死ぬ間際に名乗った名前にちなむ、と二説あるらしい。

アルコル橋は、セーヌ川初めての橋脚を持たない連鉄 製、当時の最新技術を駆使したアヴァンギャルドな橋だったが、1888年2月にたわみが発見され、補強工事が施された。1995年にも補修工事がされてい る。(その4に続く)

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