フランス各地へパリから○○キロと言うときの起点ともなっているノートルダム大聖堂は、フランスのカトリック教会の総本山であり、パリの中心だ。そこから右岸に向かうアルコル通りを通って、アルコル橋まで出てみよう。

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橋のたもとのフルール河岸をちょっと右手を降りたところに小さなビストロ兼酒屋がある。シテ島側のこの辺りは昔、サン・ランドリー港といって、木材、穀 類、酒はもちろん、干し草まで荷揚げされる一大商業港だった。ビストロ「カジモドの酒蔵」は、1240年にすでに「タヴェルヌ・サン・ニコラ」という名前 の飲み屋だった! この店の地下2階に下りると、現在では壁で塞がれて殺風景な蔵になっているが、かつてはセーヌ川の船着き場に通じていた。つまり上下に 出入り口があったのである。

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その昔、「カルトゥーシュ」という神出鬼没の怪盗がパリで暗躍していた。ここは彼が当局に追われたときの逃げ道の一つだっ たという。金持ちからしか盗らないこの民衆の味方とはいえ、日本のネズミ小僧とは違って、人も殺したらしい。情けはあっても悪党には違いなかった。カルトゥーシュは味方の裏切りから当局に捕まり、 1721年、11月28日、29歳で、やはりグレーヴ広場で重犯罪者として車裂きの刑に処された。

このビストロの上の壁に刻まれた昔の通りの名前がなぜ か、地獄通りrue d’Enfer。カルトゥーシュを忍んでだろうか?(その5に続く)

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