今度の橋は石で作られた。イタリアはヴェローナ出身の建築家ジャン・ジョコンドが設計を請け負い、1507年、6径間のアーチ橋が完成した。長さ124m、 幅23mとさらに大きくなった橋の上には向かい合わせに34戸の家が建ち並び、フランス王家の紋章や男女の彫刻で飾られた豪華なファサードには金の番号が ふられた。片方が奇数、もう一方が偶数と、現在パリのあらゆる通りで見かける番地のシステムがこのとき初めてできたのだ。

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ルイ14世の王妃マリー=テレー ズを迎えるため1660年に改装されたノートルダム橋には、大聖堂に向かう王族の行列を見ようと折あるごとに群衆が詰めかけ、1786年に壊されるまで、 パリのもっとも粋な場所として賑わった。

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その後、オスマン男爵のパリ改造計画により1853年に5径間の橋が架けられたが、島と岸の間の水がアーチの下でさらに狭く分かれるためか、35回もここ で水難事故が続き、もとは「聖母マリア様の橋」という意味にも関わらず、皮肉にも俗名「悪魔の橋」と呼ばれるようになってしまう。

そこで、真ん中の三つの アーチを一つにする計画が練られた。右岸側とシテ島側の両側のアーチはそのままで中央だけが金属製の橋が1919年に完成する。長さ105m、幅16m, 真ん中のアーチの幅が60m、これが現在の姿である。(その3に続く)