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セーヌ川の中州シテ島のちょうど真ん中を通って右岸から左岸に抜ける道路、その名もシテ通りを、左岸に向かって歩く。

右手に地下鉄4番線のシテ駅とパリ 警視庁、左手にはオテル・ディユー病院、そしてノートルダム大聖堂前広場がある。(ドゥブル橋No. 48参照)。そこから左岸に渡る橋がプティ・ポン。ローマの英雄カサエルが「ガリア戦記」(紀元前58〜51)に書いているくらいだから、こ こはパリで一番古くから橋が架かっていた場所である。最初はグラン・ポン(大きい橋:現在のノートルダム橋)との比較でプティ・ポン(小さい橋)と呼ばれ ていた。

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地図で見るとよくわかるが、現在でもこの部分は左岸が微妙にせり出して川幅が極端に狭くなっている。この場所にプティ・ポンという名の橋が何度も架けられ ては壊れたり流されたりしてきた。シーザーが見たのは五つのアーチ橋でもちろん木製だったが、中世に入り、1185年に初めて石の橋となった。それが 1196年に崩れ、その後もかけ直されては何度も洪水や凍結で崩壊する。(その2に続く)