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中世にはシテ島に王宮パレ・ロワイヤル(現在の最高裁判所)があったが、この時期まで、左岸から島へ渡る橋はプティ・ポンだけだった。ところが、シテ島にはノートルダム大聖堂やオテル・デュー病院もあったため、往来が激しくなり、橋は込み合って不便になってきた。そこで、当時シテ島の反対側から右岸へ渡るグラン・ポンがあったので、1378年、そこからまっすぐ左岸に抜ける橋を建てることになった。

工事は1379年から十年近くかかって完成し、その橋はポン・ヌフと呼ばれる(現在のポン・ヌフとは無関係)。ちょっとややこしいけれど、まぁ、ポン・ヌフの意味は『ポン(橋)・ヌフ(新しい)』で新橋になるのだからしょうがない。

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この橋は、当時の例に漏れず、建物付きの石橋だ。その工事には猫の手も借りたいほど人でが足りなかったので、何の知識も技術もない街頭の浮浪者が用いられたとか。いやはや。監督も不行き届きだったのか、案の定、出来が悪く、1408年の洪水であっさり流されてしまう。

その次に架けられたのが、1416年落成の木製の橋である。なぜ木製かというと、英国との100年戦争の間にフランス王国の経済が疲弊し、予算がなかったのだ。案の定こちらも、1547年、船の衝突により17戸の家屋を上に 乗せたまま崩れ落ちてしまう。この間、シテ島の王宮にあったサン・ミッシェル・チャペル(現在のサント・チャペル)を記念して、1424年、橋にこのチャペルと同じ名前が冠せられて、これまでのポン・ヌフがめでたくサン・ミッシェル橋となった。(その3に続く)

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