さて、この歩道橋ができたのは、歴史の古いパリではそれほど昔の事ではない。

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1802 年、ナポレオン・ボナパルトの命により、パリで初めての金属製の橋として、9連アーチの鋼鉄の歩道橋が架けられた。当時、ルーブルが「芸術の宮殿」と呼ば れていた事からこの名がついた。橋はまわりの景観を損なわないよう設計されただけでなく、「空中庭園」に似せて植物や花の鉢、そしてベンチがおかれた市民 の憩いの場であったという。

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1852年、左岸のコンティ河岸拡幅のため、そこに架かっていたアーチが一つ減った。バルザックの小説に「ポ ン・デ・ザールを渡るのに2スー払う」とあるように、この歩道橋には通行税が課せられていた。当時の通貨2スーは、彼がポン・ヌフの上で靴磨きに払った金 額だから、今で言えば200円ぐらい? それでも、それを払える人しか渡れなかったのだろう。(その3に続く)