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というわけで「カルーゼル橋」に戻ろう。現在は長さ168m、広さ33mのコンクリート三径アーチ橋という質素な姿で、初代の橋より少し下流に位置し ている。最初の橋が設計された1831年、請け負い業者は完成まで34年10ヶ月とみていたという。というのは、当時の流行は吊り橋であり、それだけ年月 がかかるという計算だったのだろう。ところが、設計者ポロンソーは鋳鉄と木材を用いたアーチ橋を設計する。あまりに革新的な試みは批判の的となり、予定の 10分の1の3年で完成したあとでも、鉄の装飾模様について皮肉を言われたりした(まぁ、なんだかんだ言いたがる事なかれ主義保守主義者はどこにでもい るってこと)。彫刻家ルイ・プティトーによって、それぞれ、豊穣、産業、セーヌ川、パリ市を象徴した彫像が四隅に掲げられ、それは現在の橋にも残ってい る。

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1850 年からパリ市は橋に通行税を課したが、サン・ラザール駅からモンパルナス駅への通り道として、橋の交通量は増加するばかり。この橋の幅は12m弱と狭かっ たため、オスマン男爵のパリ改造計画の一端として、新たな橋の建設が求められた。残念ながら、チュイルリー宮殿とルーブル宮から左岸に抜ける大橋建設の計 画は、パリコミューンの市民戦争勃発により中止を余儀なくされる。その後1871年には、チュイルリー宮殿が暴徒により焼かれてしまう。

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1906 年、橋の木部分が鉄に改築された。が、やはり幅が狭いのと、かなりの揺れがあること、そして船の航行には高さが足りないため、1930年にこの橋は完全に 取り壊された。少し下流に、新しく切り石とコンクリートでやはり3つのアーチの橋を架け替えることにした。第二次大戦前夜に橋の工事が始始まり、直前に完 成した。戦後、橋の照明が取り付けられた。昼は13m、夜は20mと伸縮可能な街灯である。またここでも技術革新。ただ、新しいことを考えるのはよいけれ ど、すぐ使用不可になってしまう例にもれず、今は使われていない。(その4に続く)