王政復古の時代(ナポレオンが没落した後の1814年から1830年まで)に、これらの彫像は12体の大理石像に取り替えられた。

その12人とは以下の通り:

4人の偉大な大臣:コルベール、リシュリュー、シュジェール、シュリー

4人の陸軍軍人:バイヤール、ルイ1世コンデ公、デュ・ゲクラン、テュレンヌ

4人の海軍軍人:デュゲトルーアン、デュケーヌ、シュフラン、トゥールヴィル

コルベールやリシュリュー、シュリー、シュフランなど、現代のフランスに住む外国人の私たちも馴染みある名前だ。建物や通りにもこれら偉大な人物の名前が残っている。

現代のだだっ広い橋から想像しにくいことだが、中世の昔は橋の上にお店があったり、近世になっても彫像があったり、ごてごてと飾り立てていたのだ。この橋ができたのは18世紀末だが、やはりそうやって装飾が施されていた。その時代に渡ってみたかったな・・・コンコルド橋を渡りながらちょっと思った。

さて、これら大理石でできた偉大な人物像12体は、案の定、重すぎた。橋が崩れたら元も子もない。そのためルイ・フィリップ(1830年、7月革命で即位、1848年までフランス王だった)が撤去し、ヴェルサイユ宮殿に移してしまったという。橋は、1930年から「コンコルド橋」と命名された。

19世紀に入って、パリの要所であるコンコルド橋の交通量は多くなる一方だった。建設時、道路8,75m+両側の歩道3mだったが、パリの中心に位置する主要な橋としては狭すぎることがすぐに叫ばれ、そのため1930年から1932年にかけて拡幅工事が行われた。結局、道路幅21m、歩道7mづつに広げら、橋の幅は最初の橋の2倍以上になった。元々のネオ・クラシックな建築様式はそのままに残された。(その3に続く)